最適解を求めるな、という話。~新橋心療内科コラム


何かを始めようとするとき、

「どうせなら一番いい方法でやりたい」と思うことがあります。

運動を始めるなら、一番効率のいい運動を調べる。

勉強するなら、一番効果的な勉強法を探す。

何かを買うなら、口コミや比較動画を見て、一番コスパのいいものを選ぼうとする。

もちろん、よく考えること自体は悪くありません。

でも、「もっといい選択肢があるかもしれない」と考え続けていると、
いつまで経っても決められなくなることがあります。

経済学や心理学などで知られるハーバート・サイモンは、
人間には情報を集めたり考えたりする能力に限界があるとして、「限定合理性」という考え方を提唱しました。

現実では、すべての選択肢を調べて、
その中から完璧な「最適解」を見つけることなんて、ほとんどできません。

だからこそ、

「一番いいものは何だろう?」

ではなく、

「今より少しマシなのはどっちだろう?」

くらいに考えてみるのです。

運動する気力がないなら、
スクワット100回じゃなくても、5分だけ歩けばいい。

勉強する気になれないなら、完璧な勉強計画を作るより、参考書を1ページだけ開けばいい。

何もしたくないなら、

「このまま寝転んでいるより、シャワーだけ浴びよう」

でも十分です。

人生は、毎回100点の選択をする必要はありません。

60点でも、70点でも、とりあえず選んで動いてみる。

動いてみたら、「なんか違った」と分かることもあります。

そのときは、また少しマシな方向へ修正すればいいのです。

「完璧な正解を見つけてから動く」ではなく、
「今よりマシなほうへ、とりあえず動く」。

そのくらいの気軽さのほうが、結果として遠くまで進めるのかもしれません。

今回の話、何か少しでも参考になることがあれば幸いです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

(完)