「失敗した」と思うことの無意味さ。~新橋心療内科コラム

何かうまくいかなかったとき、

「あのとき、ああしていればよかった」
「なんであんなことをしてしまったんだろう」

と、何度も頭の中でやり直してしまうことがあります。

でも、そのとき私たちが比べている相手は、
実は「現実の自分」ではありません。

頭の中で作り上げた、

「間違えなかった自分」
「もっと上手にできた自分」
「正しい選択をした自分」

です。

たとえば、転職した会社が思っていた環境と違ったとします。

すると、

「前の会社に残っていればよかった」と思うかもしれません。

でも実際には、前の会社に残った自分が、その後どうなっていたのかは誰にも分かりません。

もっと幸せだったかもしれないし、もっと大変なことが起きていたかもしれない。

それなのに人は、

「別の選択をしていた自分は、今より幸せだったはず」

と、存在しない人生を勝手に理想化してしまうことがあります。

恋愛でも、仕事でも、人間関係でも同じです。

「あの一言を言わなければ」

「あの人と別れなければ」

「あの仕事を選ばなければ」

そう考えてしまいますが、もう一方の人生を実際に経験することはできません。

存在するのは、今ここにいる自分だけです。

だから大切なのは、

「失敗しなかった世界」を想像して自分を責め続けることではなく、

「じゃあ、ここからどうしよう」

と考えること。

失敗したという事実から学ぶことはできます。

謝ることも、やり直すことも、
次に同じことをしないよう工夫することもできます。

でも、存在しない「完璧だった自分」と比べ続けても、過去は変わりません。

人生には、あとから正解が分かることがたくさんあります。

でも、そのときの自分には、そのとき見えていた選択肢しかありませんでした。

だったら、過去の自分を裁き続けるより、
その経験を持った「今の自分」を、次に進ませてあげる。

失敗とは、過去を責めるための材料ではなく、
これからの選択を少しだけ上手にするための材料なのかもしれません。

今回の話、何か少しでも参考になることがあれば幸いです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

(完)